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Jump Again

人間性を規定するものはいろいろなものがあるだろう。経験というのはその最たるものであろうが、趣味や嗜好というものも多くを占めていると思う。どこかに書いたか話したか。自分の本棚を見られるというのは結構恥ずかしいものである。mixiにおける参加コミュニティのリストというのも割合に恥ずかしいものだ。全てではないにしろ、それを見た人は持ち主がどんな人間であるかを予想するだろうし、多くの場合その予想はそう大きく外れるものではない。

で、私の趣味というか嗜好というか経験というか。そんな話。
ところどころのエントリに書き散らかしているが、週刊少年ジャンプが好きだ。今でもやめることなく読んでいたりするし、多分一番きちんと購読を続けている雑誌じゃないかと思う。
だから影響をいろいろと受けていると思う。マンガ雑誌に影響を受けているというのはあまり外聞のいいものではないかもしれないが(※1)、事実だし、私と同じか少し上の世代の方の多くはそういうところがあるんじゃないかと思う。

今の子どもからすれば年寄りのたわごとかも知れないが、昔のジャンプは無駄にエネルギッシュだった。物心ついたころには、「震えるぞハート!!」とか言ってたし。
必要以上に男気あふれる犬や、サタンの息子が紙上を駆け回ったりしていた。確かにシャボン玉のように、あきれるくらい速く消えて行ったマンガも多いのだが、そういったマンガも僕の心の中には深く刻まれている。サイバーブルーとかモートゥルコマンドガイとか。
今思えばバブルに日本中が踊った狂騒の時代だったからこそアレほど濃い漫画が多かったのかもしれないが、それにしたって限度がある。スクラップ三太夫はどうかと思う。

正月のたびに、作者の顔写真を見て傷ついたり喜んだりしたのもいい思い出だ。いつの間にかジャンプコミックスのカバーに写真を載せる作者は減ってしまったし、無駄に熱い読者のメッセージのコーナーもなくなってしまった。今のマンガにもおまけページはあるが、冴羽リョウ(漢字が出ん。使えん)は私の心の恋人ですとうっとりと語る読者の手紙や、百トンのハンマーで武装する自分の考えたキャラクターを紹介するコーナーでは決してない。

ジャンプのマンガは何も考えていないのではないかと思うこともあった。鳥山先生の「あとちょっと」の基準とか、ゆで先生とか(もう、これは全体的に)いつの間にかシンがカッコいいキャラクターになっていたり、「いきてるやん」と真剣に突っ込んでみたりと疑問を覚えたことを挙げればキリが無い。でも、そういう小賢しい事(※2)を無視させるだけの面白さがあった。「なにが?」と問われれば答えることなんてできないけど、認めざるを得ない何かがあった気がする。
僕が幼かったのかもしれないが、今読んでも無茶だと思いながら馬鹿にできないのはやっぱり何かがあったんだと思う。

そのうちゲームの話やら、他のジャンプの漫画の話やら書いてみます。

※1
文化人がマンガのキャラクターの葬式出したり、テロリストがマンガのキャラクターの名前名乗ったりするから、外聞が悪いかどうかは怪しいところかもしれない。連中はどうもマガジン派のようだが。でも昔のマガジンってジャンプと違った意味で濃い。絞ったら汗とかでそうだし。とんこつの代わりに出汁が取れそうな感じ。

※2
よくよく考えれば小賢しい事というより、本当に明らかにおかしいことなんだけども。
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by tomo1y | 2006-01-10 18:45 | 日々思うこと
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