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重たい思い出

中学3年の頃、「僕」と同じクラスの女の子が交通事故で亡くなった。
交通安全のことを真剣に考える先生がいたこともあったりで、生徒会にいた僕は色々やった。文化祭のテーマが「いきる」だったりした。命の大切さを考えなきゃならないと思っていた。彼女の追悼文集とかも作られたりした。
そんなときに耳に入ってきた言葉。亡くなった彼女の友人の言葉だったと思う。「彼女は別に私たちにそんなことを伝えるために死んだわけじゃない。生きたかったはずだ」この言葉は今でも時々思い出す。こう言った人の気持ち、分かるとまでは言わないけど、想像できたから。
彼女が生きたかったのなんて当たり前だと思う。でも悲しいことだけど彼女が死んでしまったのは事実なのだ。ならばそれを僕たちは何かに変えて生きていかなきゃならないんじゃないだろうか。そういう風に思っていた。だからいろいろやった。

その後文化祭なんかがもろもろ終わったて、父が死んだ。
それでも考え方は変わっていない。

父が死んだのは悲しかったけど、
それで学んだこともたくさんあった。
父が生きていたほうがずっと嬉しいけど、
それは私の糧になっていると思う。
同様に、彼女の死も私という人間の一部を形作っている。

僕のために父が死んだとも、彼女が死んだとも思わない。
そういうことではなくて、事実は事実として受け入れるべきだと私は思う。
その上で何かを考えることが生きてる人間のすべきことだと思う。

しかし、今でも時々彼女の友人の言葉は心に引っかかる。
お前は冷たい人間じゃないか?といわれているように。
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by tomo1y | 2006-02-08 18:14
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