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価値判断と科学

毎度長くなってしまったので、エントリとして。

優生学が科学の名に値するのかというと、疑似科学であるという見方が大方らしいです。
ただ、それを科学的だと信じる人もおられたわけで、それを基にして差別が補強されたというのは
厳然たる事実としてありましたし、出生前の子どもの遺伝病を確認できる現代では
新たな問題が生まれつつある、もしくは生まれかねないのではないかと思ったりします。

なんというか、そもそも科学的な事実というのは、なんら価値判断を含むものではないと思います。
ただの事実であるか、事実らしい(※)ということだけではないかと思います。
それをどのように位置づけていくのかというのは、社会の常識や法律だったりするのだと思います。
で、人間が試行錯誤して研鑽していくべきなのはそれらの常識や法律という価値判断のはずかなと。

ただ、やっぱり科学的な事実が何らかの価値判断を示すものだと思っている人が多いのですよ。
もちろん「科学的に効能の示された薬」を信用できるものと判断することは多いです。
ただ、それは科学における事実が価値判断の大きな材料になるだけのことで……。
それですべて正しいとか間違っているとは言い切れないこともあると思うのです。
例えば、本当に科学的に実証されているのかとかはあまりにも無自覚に考えているんじゃないかと。
その薬が科学的に効果が実証されたと謳っていても、実は科学的な手続きを踏んでいないとか
もっと乱暴に言えば効能を台無しにしかねない副作用があるとか。
そういうところに関して、なんというか現代の人間がきっちり見つめられているか疑問です。

科学的になんら意味の無い実験をしてるテレビ番組を見て、食品がバカ売れしたりしますもん。
科学的に根拠の薄い優生学が受け入れられないとは言い切れない気がします。
それがマジョリティにとって「素敵な物語」を示すことが出来れば乗ってくる人がたくさん居ますよ。
心配のしすぎかなとも思いますし、人間の善性は信じてるのですが。

「迷信」については答えていただいて我が意を得たり!です。
忌日を避けるという考えは、確かに一方では出来る限りの形で祝いたいわけで。
あと、正直に言って仏滅はやめて大安に結婚式挙げなさいと周りの人たちが言ってくれたとして、
自分はそれについて怒るのかな?と。人権意識の無い男だといわれればそれまでなんですが、
悪気で言ってるわけではないと思いたいし、それでも都合が合わなきゃ仏滅で良いし。
「仏滅の結婚式だからでない」といわれれば、まぁそれは華麗にスルーするし、
アドバイスとして「そういうことを言うと、気にする人もいる」とは言うだろうし、
そのくらいの付き合い方ではまずいんだろうかと思います。
丙午の話は理由が分からんのですが、それを気にして結婚が出来ないとか贅沢な!ww
それでやめろって言われても好きなんだったらどうしようもないじゃねぇか。


科学的に事実といっても「ほぼ正しいと思われる」とか「その事実に反する自称は確認されてない」
見たいな事はいくつもあります。
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by tomo1y | 2006-11-22 00:54 | 日々思うこと
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