2006年 01月 13日 ( 1 )

すばらしき関西弁の世界。

二年前まで大阪の大学に通っていた。今では当時の先輩や友人の多くが、大阪を離れてしまっている。時々会う機会があるのだが、そのたびに大阪にいたころより方言が出てるなと感じる。私の方言が割りときついせいか人の方言を聞くのも好きだ。方言でしゃべっている女の子には正直萌える。2割増し位でかわいく見える。
しかしながら、関西にいるときはあまり方言を聞く機会がなかった。勿論関西弁を聞く機会は非常に多いのだけれど、それ以外の地方出身者もなんとなく関西弁のような言葉でしゃべっている。考えてみると親戚も関西の親戚だけは関西弁めいた言葉でしゃべっている。

普通、あのくらい都会だと方言以外を使う人も多いのだろうが、関西の人間は恐ろしく方言を使うことを気にしない。よそから来た人だろうがなんだろうが関西弁で話しかける。実際多くの芸人が関西弁を使っているせいか話しかけられた人間も困ることが無い。だから関西弁を使うのだろう。
その上、メディアが関西弁だ。関西のテレビ局なので当たり前といえば当たり前だが、コメンテーターも、インタビュー受ける人々も関西弁だ。アナウンサーも微妙に関西弁だ。これだけ関西弁のシャワーを浴びていると、正しくないにせよなんとなく関西弁が使えるようになっていくのだ。

おそらく同じことが外国語にも言えるんではないかと思うのだが、それはちょっとチャレンジする勇気が無い。たぶん中国にしばらくいれば中国語が多少はわかるようになるだろうし、アメリカにいれば英語が分かるようになるのだろう。私は試してみたことは無いけれど。

しかし、そうやって身につけた(似非)関西弁はどのくらい私の中に残っているんだろうか。
今日から試しに大阪に出かけてきます。
知り合い諸氏は私が珍妙な言葉を使ってもそっとしておくように。


関西弁と言ってしまっているが、関西の人間に言わせれば神戸弁や京都弁、そして大阪弁というものはぜんぜん違うらしい。一緒にするなとさえ言われる。けどまぁ、分かりやすさ重視でこういう表現をしてみた。


部活が体育会系で、先輩相手に敬語を使って出雲弁で話していなかったから早く関西弁に馴染んだんじゃないのかとも思う。出雲弁で敬語って難しいのよね。というか相手が敬語でしゃべっていると分かってくれないと意味が無いわけですし。


もちろん関西弁も方言なので萌えますよ。
ただ、別に方言聞いてるから始終萌え倒してるわけでもありません。体が持ちません。


どのくらいそっとしておくべきかというと、
ガラスの十代が集める壊れやすいものと同じくらいそっとしておいてほしい。
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by tomo1y | 2006-01-13 13:53 | 日々思うこと