2006年 05月 25日 ( 5 )

模様替えを画策中な訳だけど

今までパソコンと、テレビが部屋の反対側にお互いに相対する向きについていたんだけど、
これを同じ壁面の棚に積んで、ディスプレイが同じ方向をむくようにしたいと考えている。
テレビとディスプレイが同じ方向を向いているほうが、テレビみながらPCで作業
がしやすいので、正直に言って作業効率が高いのだ。

今まではそれを解決するためにコタツの上にディスプレイを置いてたのだけど、
これは掃除がしにくくなるという諸刃の剣。しかも座椅子だと立ち上がるのが億劫。
結局本やらゴミやらが散らかって部屋のエントロピーが簡単に増大していた。

と、言うわけで同じ壁面に棚を使ってパソコンとテレビを配置しようと。
エレクタのユニットを追加して、机+棚みたいな使い方が出来そうなので、
これはさほど問題は無い。椅子はとりあえずあるし、長時間座ることを考えて買ってもいい。

で、最近の楽しみは、部屋や棚をどんな風にレイアウトするかということ。
エレクタは組み方に自由が利くので、ここを絶妙な高さにして……とか妄想している。
そんなことを色々考えたところでだ。

部屋の一方の壁面に電気製品が集中することに気づいた。
こうなってくると問題は電源がどうなるかということ。
勿論パソコンやら周辺機器を使うためには、壁のコンセントでは足りないので、
タップを使うことになるだろうとは思っていたのだけれど、
今回考えている棚周りに設置する、電源の必要な品物の数を数えてみた。

20近い。

他にも色々考えると

これは多分非常に不味い。
今年の夏はエアコン入れようかと思っていたのだけれど、実際問題大丈夫か?

うぅぅぅぅぅん。
ま、この悩みも楽しいといえば楽しいけど。
ついでに収納とか色々弄って、便利な部屋にしてやろうじゃありませんか。
しかし家具のレイアウトとか収納とか考えるのって何でこんなに楽しいんだろう。
[PR]
by tomo1y | 2006-05-25 19:24

架空請求のすばらしい世界。

http://www.pref.shimane.jp/section/kenmin/shohi/topics/kakuu/top.htm

相変わらず架空請求による被害というのは減らないようだ。
勿論こんなもんは騙しにかかるほうが絶対に悪いのではあるが、
知識を身につければ簡単に防げることでもある。

アメリカのような訴訟社会というのが生きやすいのかどうかは分からないけれど、
法律や訴訟についての知識が少ないというのも問題ではないかなと思う。
裁判が実際にどのような流れで行われるのかとか、
法律とはどういう風に読むべきものであるかというのは、
社会人として覚えておくべきことなんじゃないかなぁと思いもする。

義務教育の間に、法律をいかに読むか……を教えることは大切じゃないだろうか。

というようなことをふまえて、いかに架空請求のハガキが素敵であるか。

ハガキの文面から
・裁判取り下げ最終期日 本書到達後3営業日以内

ハガキを生まれてから一度も出したことのない人というのは、ほとんど居られないと思いますが、あなたがハガキを出したとき、いつ相手の手元にハガキが届いたか教えてもらえましたでしょうか?はがきについてそういうサービス(※)はありません。
ということは、届いていないといえば裁判はいつでも取り下げられるということになります。消印が一つの基準になることはありますが、郵便事故というのは起きる可能性が排除できない以上。相手が10日に出したので12日に届いているはずだといったところで、意味はありません。
配達記録郵便とか、内容証明とかだとまた話は違うんですけどね、架空請求の業者はそういうところに金を使うのは極まれなので、心配は無いはずです。

・「総合消費者民法特例法」
ブログを見れる方は要するにインターネットに接続できるわけですので、グーグル先生に聞いてみましょう。分かりやすいほどに架空請求の情報につながります。要するに「こんな法律は無い」ということです。

・訴訟の通達
訴訟の通達は裁判所から来ます。そして封入で、配達記録郵便です。ダウト。

・法務局……
法務大臣の認可した債権回収会社というものは確かにあるのですが、はがき使ってる時点でアウトです。最低限目隠しシールがしてあるはずです。


それらしい言葉を張り合わせているという印象は受けますが、それ以上でもそれ以下でもありません。上に書いてますが、訴訟の関係の書類がハガキで来ること自体がおかしいんですよね。裁判について出廷を拒否するということはありえますが、裁判所だって馬鹿ではないので誤って欠席してしまうことの無いようにいくつかの手段が担保されています。
ご心配事があれば近くの自治体や消費者センター、警察に電話一本もらえれば解説もできます。
確かにエロDVDの購入をしたはずだ。などというような変なハガキや封書を利用したもの架空請求なんかも今頃はありまして、相談しにくくさせているんでしょうが、それこそ思う壺です。
相談を受ける私どももプロです。そんなことで馬鹿にしたり笑ったりしません。

架空請求のハガキとか電話なんていうのはツッコミどころ満載なわけで、嫌な眼で見れば可笑しいものです。もしも届いたら捨てるのは非常にもったいない。こんなあほな書類はなかなかありませんので、ご家族やらお友達やらと楽しみ眺めてはどうでしょーか。

こういうくだらない犯罪に対しては笑い飛ばしてしまうっていのも重要かなと思います。
勿論笑い飛ばされるべきなのは、被害にあってしまった人ではなくて、
こんなくだらないことして生活をしている頭の悪い架空請求の業者です。

実は電話してきた業者をからかったことがある。
電話代相手もちだし、私が30分相手してあげれば、他の被害が減るかもしれませんし(笑)
[PR]
by tomo1y | 2006-05-25 19:23 | 奥深い世界

さらにみんなでしあわせになろうとか。

個人的にたくさんの人を嬉しくさせるするツールとして、
インターネットとかはあって欲しい。
動機は善意じゃなくてもいいと思うのだ。

UDというプロジェクトがある。
分散型コンピューティングを用いた、白血病・癌の治療薬の研究開発を目指すプロジェクトである。
UDAgentと呼ばれるソフトを用いて、パソコンのCPUの余剰能力を結集して、
がんの進行に関するたんぱく質と、その働きを邪魔する分子(※)の組み合わせを探すものだ。
このプロジェクト、実はまったくもって参加者にメリットは無い。(※)
以前は商品を出していたようだが、現在ではそういうものは用意されてない。
チームや自分の国等を基礎として、成績を競うことが出来るが、それだけのことである。
結局のところは自由意志で、なんとなく面白そうだからとか、
連帯感を楽しめるから……ということ。

そもそもインターネットに置かれている情報の多くは
個人が好きなことをおいているもので、
それは誰かに頼まれたというわけでもない。
やりたいからやっているという程度のものだ。
これも善意とかとはすこし違うけれど、
人の役に立っていたり、読んで笑ったり出来る。

ゆるく、無理の無いつながりを支援するツールとしてのインターネットというものに私は期待している。
インターネットの暗部というのもあるんだろうけど、ソレはインターネットが私たちの社会の
一部分を反映しているからだと思う。全体としてはインターネットはごく真っ当なツールで
ごく真っ当なものだと思う。

時間や空間、年齢や性別の差を越えてコミュニケーションが取れたり、
何かをできるというのは、インターネットの特長で。
ソレを利用して悪いこともできるけど、
それ以上にいいこともできるはずだ。とおもう。

楽観的に過ぎるかもしれないけどさ!


つまりこの分子が薬になる可能性を秘めている……ということ。


ここで開発された薬でいずれ参加者が救われるという可能性もありますけど。
[PR]
by tomo1y | 2006-05-25 19:21 | 日々思うこと

続きというかなんつーか。

エントリ「しあわせになろうよ」の続きというかなんというか

あるボランティア団体の人が言っているのを聞いた。
「あいつらは動かないから、困る。今日のメンバーだけがしんどい思いをする」
気持ちは凄く分かるけど、ボランティアとしては違うと思う。
どこまでいっても「やりたいからやっている」だと思う。
それを外れると、「人のためだから」みたいなことになりがちで、美しくない。

大学時代、応援団をしていた。学校を盛り上げる!とか体育会クラブを盛り上げる!
みたいなのが本来的には目的だと思うけれど、正直に言えば「やりたいから」やっていた。
だから、運動部に迷惑かけるのもアレだし、他の観客に迷惑かけるのもアレだ。

言い方は悪いが、自分たちが気持ちよくやるために、皆に気をつかうし、必死になるのだ。
去年の出雲駅伝のとき、どこの大学だったか「応援中ですので回ってください」と
当然のように言い放っていた。いいことをしていても傲慢さは隠せない気がした。
個人的には応援団をやっている学生さんは大学とか問わず頑張って欲しいと思うけれど。

実際のところ自分たちが応援団をしているころも人に迷惑をかけていたとは思うけど、
それを自覚しているかどうかってのは、割合に重要なことじゃないかって思う。

人を幸せにしようとか、どんな大上段に正しいことを謳ってみても、
人に対して気を使えなかったら、しょうも無いと思う。自戒を込めて。
[PR]
by tomo1y | 2006-05-25 19:17 | 日々思うこと

みんなで幸せになろうよ

ほんの少しの無理解とか悪意が人を殺してしまえるように。
ほんの少しの善意とかやる気が、人を幸せに出来るのかもしれない……と思う。

私は「人のため」を声高に言う人を、なんとなく信用できないような人間だけれど、
やっぱり人の善意とかに触れれば嬉しくなるし、自分の行動が人のためになれば気分がいい。
けど、自分の時間や楽しみを犠牲にしてまでは出来ないと思う。

話はすこしずれる。
最近ネットで連絡を取ったりしている人たち(※)と一緒にファイルを作った。
そのうちの一人が誕生日を迎えるからっていう、ありふれた理由で。

歌を取るひと、メッセージを吹き込む人、BGMを探してくる人、SEを探してくる人
編集する人、絵を書くひと。読むための文章を考える人。
作業の量はそれぞれに違ってて、「頑張った」って人もいるんだけど。
なんとなく集まって、やりたいからっていう理由で人の喜ぶことをする。
なんというか、いいなぁと思う。

ボランティアって言うのもこういう風なものがいいなぁ、と思う。
自分が出来る範囲で、自分の能力(※)と時間を使って、人のためになることをする。
多分、人の持ってる能力というのは、何らかの形で誰かを幸せに出来る。
無理はしなくていいから、自然な形で人を幸せに出来ればいいなと思う。

それこそ電話口で少し優しく応対するとか、
ちょっと笑顔で暮らすのだって、人を幸せに出来るんだろう。


この人たちを自信を持って「友達」っていえないのが、私の悪い癖というかなんというか。


体力、技術、度胸、金、それこそ何でもいい……と思います。
[PR]
by tomo1y | 2006-05-25 19:16 | 日々思うこと