2006年 10月 06日 ( 1 )

「教育って」さまへのご返事

>政治家や役人や親や教師や教育委員会など大人達は、
>知れば知るほど、大切にしたくなるような国作りをするべきではないでしょうか。

>>理想論ですが、国民のほとんどの人に愛されるものであって欲しいと思っています。
こんな風にも書きましたが、私も役人の端くれですから、それについては強く同意します。
どれだけできているかはわかりませんが、常々そうありたいと思っています。
では、私の意見についてお答えを。

まず一点。教育委員会が内心の自由を強制するような通達を出したことについて、
違憲であると判断されたことは、私も問題無いと思っています。
国旗と国家を強制することが、思想の強制につながりかねないという地裁の意見も
理解の範囲内ではあるのです。そこはまず確認させてください。
私が一番問題であると思うのは、彼らが【卒業式】という公教育の場で個人的良心を盾にすることです。

>「思想良心の自由は、これを侵してはならない」
>という憲法の条文を削除すべきとお考えでしょうか。
この問いかけについては全面的に否定します。これを含めて日本は愛すべき国だろうと思います。
もちろん、思想・良心の自由を謳う19条を削除する必要があるとは思っていません。
そうなのですが、教員の人に疑問を感じるのはこの19条があるからこそです。私の場合は。

話が少しずれますが、私は上にも書いたとおり公務員をしています。
個人的な思想というのはやっぱり多少偏りがありますので、共感できる人共感できない人いろんな人がいます。
で、個人として仕事を離れたところで付き合う人というのは、選んでいるわけです。
ただ、当然仕事の上ではそういうことはしないように自分を律していますし、しているつもりです。
公務員としての仕事をするところでは「個人的思想とか良心は制限される」と思うのです。
それは法に基づいて仕事をして、他者の思想良心を尊重するためには仕方の無いことなのではないかと。

憲法第19条には「思想及び良心の自由は、これを侵してはならない。」とあります
「保障する」では無くて「侵すべからざる」ものであるとされているのだと、私は解します。
憲法を擁護・尊重する義務を負うと憲法で定められ、そして職に就くときにそれを誓った人間としては
自らを律して人の自由を尊重する態度が必要なのではないかと思います。

私は、生徒の前で自分の思想信条に基づく意見を表明して
卒業式という場でそれを表明することは、上に書いた態度を持っていないと解しています。
だからといってそれを咎めるのに都教委や都が強制をするというのも考えどころですけれど。

個人の意見を持つことというのは当然の権利で、大切なことです。
しかし公務員であって公教育の場にいる人間は、それを表明することが
誰かにとってその意見を押し付けかねないということの自覚は持ってしかるべきです。

書かれているとおり、内心の自由というのは、その自由に発するすべての行動を担保するものではありません。
自分の思想に反対をする自由が他者にあることを認めなければなりませんし、
たとえば「特定のグループの人間は仕事ができない」という思想を持っているからといって
それを理由にある人をその仕事から排除することも許されないことです。
で、公務員はそう取られかねない行動は慎むべきではないかとと思います。
そこを考えていないように見えることが、私が彼らの行動を気持ち悪いと思うことの理由です。
実際、彼らの行動を見た生徒が影響を受けないということは考えにくいですから。
少なくともそれは教師が「私はこれこれこういう理由でこういう行動をしている」と明言した上で
行うべきことであることではないでしょうか?
もっと進めば、きちんとするために決まりごとには従うが「やはりおかしいと思う」と表明すべきだったのではないでしょうか?


少しはなしの矛先を変えて。
教師というのはある一定の価値観を語りえる職業だと私は思っています。
実際「命を大切にすべきだ」という教育というのは当然のように行われています。
「命を大切にすべき」という理念は別に物理の公式のように不磨の公理ではありません。
ただ、この思想はほとんどすべての人にコンセンサスの取れた常識であるのに過ぎません
(私もこの考えには同意しますし、非常に同意される人の多い意見でしょう)
これに反する思想を持っていることがいる可能性は排除できません。
けどまぁ、これを教えることについては問題があるといわれることは無いですよね。

で、私は私の思想に基づいて、国を愛するということも当然の事になれば良いなぁと思っています。
それは何も思想を押し付けろという話ではないつもりです。
多くの人が納得できる思想になればよいのではないのかと思っています。

国旗・国歌が日の丸と君が代で無ければ国を愛することができるというのであれば、
その対案を真剣に聞く用意というのはあるつもりです。個人としては。

こんなところでしょうか。お答えになっているか自信はありませんが。お答えにかえさせてくださいませ。

以下、さらに輪をかけて取り留めのない話です。

公務員の憲法上の権利が制限されているのは、たとえば第28条「労働三権」とかもありますよね。


国や地方自治体、つまり行政が過つものであるかどうかというところについては
無謬性という問題があるのでなかなか難しいところです。
きちんとお答えする自信がありませんので、お答えは差し控えさせてください。


国民が国という行政機関の上にあるからこそ三権分立とかあるわけで、
たとえば教員を掣肘する機関が教育委員会なのではないかとか考える部分もあります。
実際に国が暴走したときにそれを国民が止められるかというと難しいものだとは思います。
……だからこそ公務員に高いモラルが要求されるわけですけれど。
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by tomo1y | 2006-10-06 18:06 | 日々思うこと