2006年 12月 12日 ( 1 )

物語のある土地

Flackさんの日記で紹介されていた、とあるエントリが非常に興味深かったです。
なぜフィクションの舞台は地方に移ったか(~田舎の伝承~)
仕事柄、どうやったらうちの方にたくさん人が来てくれるんだろうとか思いますが
「物語の舞台になる」というのは有効な手段だったりしますので、ヲタとしてだけでなく、二重に興味深いです。

上のエントリの筆者psb1981氏によれば、理由は三点ということだ。
1:「都市(東京)の地位低下」
2:「村落共同体への期待」
3:「物語(歴史や伝承)を帯びた土地」

最近「地方」が団塊の世代を取り込もうとしていたりするのだが、
割と同じような論点に立脚しているのがチョット可笑しい
もちろんpsb1981氏が云々ではなくて、役所で頭ひねっている役人の考えと、
物語についての論考の結論が似通うというのがだ。
「田舎が選ばれる理由」を問題にしているのだから、当然といえば当然なのだが。

リンク先の文章を読み進めると最後にこうある。
が、しかし、この21世紀の日本に「郊外化してない土地」なんて存在するのだろうか?(中略)どこも郊外化しつつあると言っていい。

そしてだからこそ、「ひぐらしのなく頃に」は昭和50年代にまで、時代を遡らなければ、その舞台を確保できなかったのだ。ではこの次、物語を求める私たちはいったい何処へ行けばいいのだろうか?

私はこれについては割りと楽観的に考えている。
ここについての引っ掛かりが私にエントリを書かせたといってもいい。

私の住んでいるような田舎も確かに郊外化しているが、圧倒的に人の流入が少ない。
郊外化しているのはかなり見た目の部分の話で、村落共同体は堅固で
物語と言うのはチョット失われそうに見えないからだ。
また、おそらく都市は都市であり続ける。相対的に地位が下がることあるだろうけれど、
それは地方を料理することを許すように、ヲタ界隈の裾野が広がったからだろうと思うのだ。
そして最後に言えば、今後人口が減少していく社会においては
大都市の郊外という1~3の理由を抱いてしまう土地に住む人々も
物語とコミュニティ意識を新たに作っていくような気がするのだ。

個人的には「郊外」に見出される物語が一番怖い。
綺麗に整理されて、平板化して、整理された便利な町である「郊外」は
多分かつての未来の姿を持った生活空間なのだ。
しかも多くの人の原風景で……。そこに物語が付与されていくとしたらちょっと太刀打ちできない気がする。

あれ、まとまらないや。もうすこし続けてみる。
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by tomo1y | 2006-12-12 22:12 | 日々思うこと