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たまってるのでもう少しあげる

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LOMO LC-A 場所は大阪駅~阪急梅田の陸橋。遠くに見えるのは観覧車
街中に観覧車って驚いたな。
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コニカ C35 箕面の山手のほうから桜井のほうに向かって。
この道走ったりしていた。
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ミノルタの安めのAF一眼 おなじみ明道館、多分合宿中。
防火対策とか何にも考えられていません。
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by tomo1y | 2006-02-28 22:44

でっかいお世話だろうとは。

役所というのはいろいろな仕事をするものですが、小規模な自治体になればなるほどキメの細かいサービス(それが本当に必要かはまた別としてもね)が行われたりします。合併を境にしてなくなったサービスの一つに新生児と亡くなられた方を広報紙で紹介する(※)というものがありました。なかなかこういうものは都市部では行われていないかもしれません。
で、新生児や亡くなられた方の名前をそこで見ることができたわけです。個人的には新生児の名前を見るのが楽しみでした。たまに幼少の友人の子供さんの名前を見たりもできるのもあるというのが楽しみなのです。それともう一つ、大きなお世話だと思うのですが子供さんの名前を見て心配したり感銘を受けたりしておりました。

最近の子供さんの名前は凝ってますね。画数多すぎる名前とか、正直当て字に見える名前というのも散見されました。なくなられた方のお名前にも時代を感じるものがあった(※)のですが、子供さんの名前というのもご家族の想いを反映してか、気合の入った名前が多いのです。
しかし、リアルの友人には話したこともありますが「元気」君とかどうするんでしょう。いい名前だと思うのですが、病気することもあるし高齢で寝たきりになったりすることもあると思うのです。子供らしい、かわいらしい名前って言うのは中年やお年寄りの名前としてはそぐわないこともあると思うのですが、その辺はどうなんだろうと思います。大きなお世話ですね。

名前は本質には関係ないといわれる向きも多いのかもしれませんが、日本人の名前は漢字が多いのでどうしても漢字の意味に引きずられて名前を見たりするものです。近所の高校に北陵高校という学校があります。(以下この学校の方には失礼と思われる表現があります。気を悪くしないでいただけると喜びます)あるときふと「陵」という字が仁徳天皇陵の「陵」という字だなと思って調べました。この字って古くは「みささぎ」とも言って、天皇など偉い人の陵墓という意味です。つまり「北の墓」という意味にも取れるわけで、時々心配になります。大きなお世話ですが。エジプトだったら「北のピラミッド」もしくは「北の王家の谷」といった意味です。どうでもいい上に大きなお世話ですね。

名前というのはなかなかに難しいものだなと思います。
もちろん凄く似合った名前だと思わされることもしばしば。

ちなみに人のことばっかり言うのもアレなんで自分の名前の解説を。ハンドルのとおり「友一」という字なのですが、これは「友人が一人」という意味ではもちろん無く、「友人を一番に考える」という意味です。うん、いい名前ですね。こじつけのようですが事実です。少なくとも私にとっては。


もちろん希望者のみらしいです。


当然といえば当然ですが。
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by tomo1y | 2006-02-28 18:54 | 日々思うこと

続・風車考

週末に町内会の回覧で回ってきたものに署名のお願いがあった。出雲ウィンドファームの風力発電推進に関する署名のお願いということだ。松江を中心とした地域では反対の声もあるようなので、それに対抗してというところなのだろう。個人的にこの事業には賛成なので署名をしておいた。

反対の声を上げる人たちの意見が詳しくどのようなものなのかが伝わってこないので、正直に言って不思議に思っているのだが、新聞等の報道を見る限り「野鳥等の生態系への悪影響」「(おそらく松江側からの)宍道湖の眺望」「歴史文化的価値を有する地区の開発」といったところが問題になっているように見ている。

一つ一つ自分なりに考えてみる。
「野鳥等の生態系への悪影響」について。
風車への鳥の衝突、いわゆるバードストライクについては無視できない影響があるということは理解できる。実際に計画地に発電用風車が立つことによってどの程度の野鳥が犠牲になるのかということは分からないのだが、絶対に無いと言うことはないだろう。(これについては疑義を申し立てる野鳥の会のほうでデータを示すことは出来ないのか?とは思うが)また、風車の回転に伴う音の問題も無視は出来ないのかもしれない。人間の可聴領域外の音であっても、それが巣を作る鳥にとって影響を及ぼす可能性は否定できない。
こういう風に考えれば野鳥等の生態系への悪影響という点からの反対には一定の理解が出来る。しかしこれは出雲地域の野鳥についての問題である。もう少し広い範囲で考えたときに、再生可能なエネルギーを取り出して生活するということは重要ではないのかと思う。
自分が野鳥が好きだというわけではないからだろうが、個人的にはこの地方の野鳥のことよりも、日本全体や地球全体として再生可能で「比較的」クリーンなエネルギーの導入を進めていく必要があるのではないかと思っている。

「宍道湖の眺望」について。
反対する組織の作られた予想図を見ることが出来ないのでわかりませんが、地図と実感、それから建設事業者側の作る予想図から知ることのできる範囲で、それほど大きな問題があるようには思っていません。勿論風景が変わることは否定できませんが、それを問題とするのであればレーダー基地・各種鉄塔等をどうしていくかという問題も存在するのではないでしょうか。
こういった眺望というものを私なり考えれば斐伊川辺りから見た山陰高速道の高架なんかも十分にみっともないように見えますし、フォーゲルパークの展望台もつぶさなくていいのかという話になるのではないかと思います。それらは利便性等を兼ね合わせて考えれば必ずしも悪いものではないと思っています。

歴史文化的価値云々について。
いずれそんな景観は変わってしまうものだと思います。出雲風土記が云々というなら宍道湖は淡水化するほうがいいのではないかとさえ思います。斐伊川の流れも元に戻すとか、平田の中心市街地を全部沼地にするとか。そういうことは言わなくて大丈夫でしょうか。
歴史的価値と言うものは確かに大切にすべきだと思います。しかし現在もリアルタイムで歴史が作られているということについてはどのように考えておられるのか、少し疑問に感じています。古い歴史が立派であるということにはならないと思います。伝統やしきたりといったものにも、一定の合理性を見出すことができます。その辺を合理的に考えて上でどうだろうか……と思います。

私は賛成の立場をとっていますので、いろいろと問題があるのかもしれませんが、反対をする人も全体的に、住んでいる人を巻き込んで反対をしていかれるべきではないかと思います。少なくともそこに住んでいる人たち(もちろん私も含めて)に向けて、反対の理由を説明されるべきではないかと思います。
行政や事業者に対して反対の声を上げられることは真っ当な方法ですが、反対運動をする人たちは、賛成する地元の人たちに情報を開示されてはどうかと思っています。
そういうのが市民を巻き込んだ議論になるのかなと思いますが。
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by tomo1y | 2006-02-27 18:53 | 日々思うこと

yucca+、松江展にお邪魔しました。

松江大橋から少し南に下った、出雲ビルの4階で開催されたyucca+展に行ってきました。
出雲ビルの地上部分にいったのって初めてですが良い建物。こういう古いビル大好き。
張り切って4階分歩いて上がると屋根裏のような不思議なスペースに。そこでyucca+展は行われていました。
スペースの割りに写真の密度が高くておなかいっぱいになりました。
ディスプレイもかなり興味を引きました。プチプチの上に写真置くのって面白いです。
写真見ながら、あの上で転がったら気持ちいいだろうなとかしょうもないことを考えてました。
いろんなモチーフの写真があったけれど、個人的には空とか海を映した写真に痺れてました。
あと水母の写真。

でも、写真と言葉って何で親和性があるんでしょうね。
yucca+のお二人の波長が合ってるからというのもあるのでしょうけれど。
写真も言葉も何かを表現したり、伝えたりするためのものだけど、
その方法はぜんぜん違っていて、言葉は順番どおりにしか読むことは出来ないし、
写真はどこから見るかというのが自由で。
なんかその辺が二つ一緒になってコントロールできるようになるのかなと思ったりしました。
分けわかんないこと書いてるな。
そういえばあの写真と言葉たちはどっちが先なんだろう。
次回の機会に聞いてみようと思った。

次回は出雲でやられるそうです。
ちなみに旧国鉄大社駅。重要文化財です。
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by tomo1y | 2006-02-25 22:54 | ○○に行ってみた

ネタはネタであるけど写真を

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カメラはLOMO LC-A 場所は西スタ。京都大対立命館戦だと思う。
1年の冬……かなぁ。微妙に違う気もするんだけど。
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カメラはコニカのC35、場所は豊中の……岡町駅のそばだったと思う。
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毎度の明道館、以前あげたモノクロと同時に撮影。みんなは看板。
ひとり練習始めてる奴とかいるけど。
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by tomo1y | 2006-02-25 22:39

ネタもないので写真など(2)

文章より写真のほうが食いつきがいいのか?
というわけでまたすこし。
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先日の神戸で。
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チャレンジ!これあげていいのかな。ま、いっか。
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元旦に大社をぶらぶらしながら。
俺のバイクかっこいいなぁ……。
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by tomo1y | 2006-02-24 20:55

ミーハーですいません。

あまりにも取り上げられてるだろうからやめようかともおもうけど。

フィギュアスケートでアジア人初の金メダル。荒川選手格好いいです。
最終組だけでも見ようと思って、6時に目覚めるが二度寝。気がつけばスルツカヤが滑ってた。「スルツカヤはいい!荒川を映せ!」という感じでした。一度は引退も考えたという荒川選手が金メダルを取ったのもドラマですが、世界のトップスケーターでありながらオリンピックを勝ちきれなかったスルツカヤや、コーエンも十分ドラマだと思いました。
言い出せば人間なにか苦しい思いをしながら生きているものだから、どの選手にもそれぞれドラマはあるんだろうなと思います。勿論すばらしい演技をして君が代を聞かせてくれた荒川選手には最大級の賛辞を送りたいですが、それだけでなく他の国の選手であってもきちっと認められる観客でありたいものです。

スルツカヤ選手の滑走の後にNHKのアナウンサーがミシェル・クワンの言葉を紹介していた。「五輪の金メダルは長い間の夢だったけれど、生涯かなわなくても後悔はない。それがスポーツの美しさだから」正直痺れる。

さて、職場でも早起きしてみた人も多かったようで、私を含め俄かコメンテーターが急増。オリンピック競技のルールの改定やらメダル取れない人への同情やら批評やら、色々と話が出ておりました。

そのうちの一つ
ともいち:友 先輩:先
先「安藤は沈んだね」
友「四回転成功しても厳しいですからね」
先「そうだね、実際は失敗したしね」
友「なんというか、身体が絞れてないですもんね」
先「君がそれを言うのか」

言論の自由って大切だと思います。
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by tomo1y | 2006-02-24 18:29 | 日々思うこと

1人のいかれる。

詳しくは書かない。

「お役所仕事」と文句を言う人は役所の仕事を理解しているのかと思う。

「みんなのもの」というのは「お前のものではない」ということだ。

役所にも改善しなければならない点はたくさんあるとは思うのだけれど
腹が立つのは多少なりと真剣な証拠だと思いたい。
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by tomo1y | 2006-02-24 18:28 | 日々思うこと

ネタもないので写真など

ネタもないしエントリが暗いので少しずつ写真など上げてみる。
学生時代に撮ったものですが。まずい人はご連絡を。

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どこのスラム街かという話ですが。後姿は○○部の同級生。
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相変わらずのスラム街。先輩と同級生。この辺からまずい気がしてきます。
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モノクロのスラム街。名前は明道館。
みんなが看板を作っているのに私は写真とったり。駄目野郎。
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by tomo1y | 2006-02-23 18:28

異常とか簡単には言いたくない。

断言することの気持ち悪さみたいなことをいつも思うのだけれど、犯罪の報道を見るときにも思っている。人は明快なものに惹かれるのだろうけれど、或る事件の原因を一つの事柄に求めて納得できるというのには正直、馬鹿じゃないかと思う。

ゲームや漫画とか小説とか、槍玉に挙げられるのが私の個人的に好きなものだからというところもある。でもそれを差し引いてもゲームの悪影響で凶悪犯罪が起こったと断じるのは軽率ではないかと思う。今原因に挙げられているものがない時代にも同じような犯罪があったというのがもっとも簡単な反証であろう。そうでなくても、一つの原因で犯罪を犯すほど人間は単純ではないと思う。

同じ事をしているから同じ犯罪を犯すわけでもないし
その原因がなくても犯罪を犯すことは考えなければならない。

一つの原因によって犯罪を犯すとする意見を喜ぶ人たちは、自分はそれに該当しないので犯罪を起こさないのだと思っているのではないだろうか。そこには質の低い安心があって自分のことを振り返ろうとする姿勢はない。私も常にそういう風に自省しているかと言えば必ずしもそうではないし、今のこの言葉だって安全圏にいるから吐ける言葉だとは思う。
しかし少なくとも自分が今たっている場所は容易に変わりうるということは常に自覚しておかなければならないと思う。

断言される世界はとても美しいけれど、曖昧さや揺らぎを含んでいるのが現実の世界ではないだろうか。断言される世界に住んでいる人々は、自分の世界もまた別の言説によって崩壊することは自覚しておかなければならない。


なんか最近エントリが暗い。
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by tomo1y | 2006-02-23 18:27 | 日々思うこと