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アーッフーゥガーーン

タイトルに深い意味は無い。ただ仮面ライダーが好きだったというだけの事。

JICA(国際協力機構)が実施する「JICA青年招へい事業アフガニスタン教育グループ」の参加者の方がいよいよ明日我が家にこられます。二日間と極短いホームステイなわけですが、楽しみなのが半分で不安が半分です。今回こられるのは23歳の青年。写真を見る限り年下には見えません。八割がた髭のせいだと思うんですけどね。

受け入れるのには気を使うところが色々とあるのですが、一つには食事の問題というのがあります。日本ではアレルギーとか以外に食べ物について気を使うことが少ないんですが、今回はムスリムの方なのでとりあえず豚はまったくもってダメ。詳しく調べてみると他のお肉も「ハラルミート」と言って定められた処理をしている肉以外は食べられないことになっている(※)らしいです。アルコールもダメ。
ちなみに姉はお好み焼き作るつもりらしいです。昔友達からムスリムの人にはお好み焼き評判良かったと聞いたらしいです。どんな友達だよ。「あんたもなんか考えろ」といわれたのですが、良い案はなかなか無い。刺身とかって安直だよな。

食事について特に詳しく調べたんですがそこに面白いことが。
アラビア半島に住む人々が遊牧民だったためかお客さんに対しておもてなしをすることが美徳のようです。その期間と言うのが3日間、最初に食べてもらった食事が体の中に残っている期間なのだそうです。ちなみに我が家も「3日間は客、後は働かせる」という不文律になっています。今回は二日なので関係ないですが。
もう一つ。おもてなしをするのも美徳なのですが、その逆でおもてなしをされる人にもかくあるべきという精神があるそうです。それは出されたものをきちんと食べるということ。いいなー。この精神。なんか友達になれそうな気がしてきた。
ただ食事が非常に多いときは家族の人たちも食べたりする可能性があるので、それなりに上手く残すというのもマナーらしいです。益々親近感がわく。適当に下級生に食べてもらわないと。

こういうことを調べるのは本当に楽しい。
次回、仮面ライダーアフガン第19話「にせライダー対アフガンライダー」
請うご期待。



ハラルミートが手に入らない場所というのもあるので、そういうところでは食べても仕方が無いと考えられる人もいるそうです。逆にハラルミートが無いなら食べないという人もいるそうです。個人の考え方によるようで、この辺難しいです。
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by tomo1y | 2006-02-03 21:19 | 日々思うこと

ままにならないフリーサイズ

よそで働いたことが無いので分からないけれど、役所の予算に課ごとの事務費というのがある。事務用品などこまごまとしたものを買うためのお金である。こういうのはいつ何があるか分からないので年度の前半から使われることはあんまり無い。そうすると或る程度まとまった額で年度末が近づいた時期に足りなくなりだしたものについて購入することになるわけです。例えば糊とかテープとか付箋とかということになります。あとは輪ゴムとかですね。年度末に一通り物をそろえるわけで年の頭にはあんまり予算を使わずにすむというのもあるのですが、これはまぁ卵が先か鶏が先かという話になるのでしょう。

で、話。
探したところ無かった事務用品があったので話をしたところ、買おうかという話に。どうせ注文するならまとめて注文したほうが手間が無いのでほかにもなんかあるかという話になります。
「テープのりの交換用カートリッジ」「CD-R」「大型のホチキスの針」等々いくつか出ておりました。
考えました。私も。考えた末に「ヘルメット」と言ってみたが却下されました。
職場には車があるんですが、自動車以外にも自転車・原付なんかもあります。勤め先の周りが意外と細い道が多かったりで、原付とか自転車のほうが車より便利ということがあるからでしょう。自動車だと置き場に困ることも多いですし。ただその原付用のヘルメットが小さいのです。フリーサイズなのにぜんぜんフリーじゃない。JAROに訴えたくなるくらいにフリーではない。わたしの頭がでかいというのもあるのですが。
それを職場で訴えたんですが、「頭を合わせろ」とのこと。そんなせりふ聞いたのは応援団のとき以来だよ。旧日本軍か。

バイクで通勤してるときは自前のめっとがあるからいいといえばいいんですが。
それにしても頭がでかいだけでこんな迫害を受けるなんて。
ほかにも頭がでかくて苦労している人はいるはずだ。
ちなみに計ったら60センチオーバー。


当然ながら帽子のフリーサイズもまったくフリーじゃない。
帽子好きなんだけどかぶれるのはニットキャップだけ。
かぶりたいときはかぶれないのに、かぶりたくないとこはかぶっている。畜生。
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by tomo1y | 2006-02-03 21:18 | 日々思うこと

世の中はかくも奥深い

私たちはたくさんのものを当たり前と受け止めて生きている。
ある意味では当たり前とものを考える事でバランスを取って生きているのだと思う。

しかし、その当たり前の事であってもよくよく考えてみると不思議な事というのがある。
たまたまネット上で見つけたものがそういう事を私に考えさせた。
見つけたものというのはセンター試験の問題を作った人の書いた記事。
(URLは下に張ってあるので気になる人は見てください。PDFです。)
もちろん誰かが作っているものなんだけどもそんな事は意識した事がなかった。
しかし下のURLで書かれている数学の問題が作られる過程は十分に興味深い。

考えてみれば世の中の多くの事は何かの理由がある。
それを見たり聞いたりする事は面白いものだ。

そういえば最近では友人と仕事の話をいろいろとする。
ごくありふれた業種であっても自分と違う仕事をする人の話というのは面白い。
誰でも一本くらいは脚本が書ける……。という話を聞いたが、
ほんとにその通りかもしれない。
ある人の送る人生はその人だけのものなのだ。

http://www.jikkyo.co.jp/contents_data/su48_01.pdf
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by tomo1y | 2006-02-02 23:30 | 日々思うこと

仕事の愚痴。

ネットで見た話。
「公務員の考え方が知りたい」という人がおられた。なんか悲しくなる。
もちろん公務員の世界というのが他の仕事の人にとってわかりにくい部分があるのは否定しない。けどそれって別に公務員に限った話じゃなくて、公務員からは他の業種の人の考え方がよくわからんという事があるし、自営業の人はサラリーマンの考え方が違うと思うだろうし。飲食業と小売業でも話が違うと思う。大体公務員といっても消防とか自衛隊の人の気持ちはわからんし、給食センターの人の気持ちもまだよくわかってない。

公務員だけが他の人と違うと見られるのは、なんだか公務員は普通の人間ではないといわれているようで悲しいのだ。
大体個性がどうこうと言い出せば、公務員の中にもいろいろいるって話になるわけだし。

うーん。これは何なんだろうか。
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by tomo1y | 2006-02-02 22:55 | 日々思うこと

ネタがない。

ネタがないのでパクリだパクリ。

日本歴史占いというのをやってみた。
えーと、男性で1980年5月7日と入力。

……光源氏
ひどいな。どんな嫌がらせだ。

そもそも歴史上の人物ですらない……。


なんだかんだ言いながらいろいろと書いているところが微妙。私微妙。
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by tomo1y | 2006-02-02 22:13 | 日々思うこと

自分をたとえるバトン

もらったので書いてみます。

■自分を色に例えると?
茶色か黄土色
いずれにしてもアースカラー、だと思う。

■自分を好きなキャラに例えると?
こち亀の「両津勘吉」みたいな奴だと昔評されたことがある。
両さんよりはだいぶ薄情だけどかぶる部分もあるか。
あとは「亀仙人」……目標だけど。

■自分を食べ物に例えると?
フォアグラ。
霜降り肉。
すいません、高級食材で。多分取れます。腹から。

■次に回す五人を色に例えると?
ふー:グレー、断固グレー。しかし断じてロマンスグレーではない。
もりー:真鍮色。彼には銀色のトランペットは似合わない。
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by tomo1y | 2006-02-01 18:30

メモリアル・デイ

1年365日。2月29日を含めると366日。
ほとんど全ての日に○○の日というのが決まっているが、普通そんなのは覚えていない。
でも、人間いくつかは忘れられない日というのがあると思う。
誕生日というのは最たるもの。自分の誕生日、家族の誕生日、好きな人の誕生日。
結婚記念日なんかも、比較的忘れにくいものだろう。
ほかにも例えば、キリスト教徒にとってはイースターやクリスマス。
多くの日本人にとってはお盆や秋祭りの日。
要するに宗教や伝統に基づいた記念日。

それから、誰かの命日。

ふと思い出したのだけれど、明日は家の犬の命日だった。名前はノン。子どもの頃好きだったノンタンから取った名前。ノンタンは猫なのに。当時の私こと僕がせがんだからだったと思うが、私が幼稚園の年少組のときに我が家に来たノンは、中学校2年の冬に亡くなった。およそ10年一緒に暮らしたことになる。柴犬のような雑種のオス犬で、左耳の先がたれていた。こういう耳のたれ方をする犬は馬鹿だと聞いたことがある。実際馬鹿な子だった。飼い主に似たんだと思う。
馬鹿と言えば、ノンは僕より家庭内の序列が上だと思っていた節がある。父や祖母に吠え付くことは無かったし、来客に吠え付くことも無かったが、私には吠え付いていた。「散歩に行かせろー」といったように。まぁ、なんだかんだといいながら、ほとんど毎日散歩に連れて行ってたと思う。距離はごくごく短かったりもしたけど。たまに斐伊川の河川敷まで出かけて行っては放して遊ばせていた。いつの間にか僕が走っても追いつけないくらい、ノンは速く走れるようになっていた。

小学校低学年の頃。ある朝起きて庭を見るとノンがやらかしていた。通学路の途中にある家の放し飼いの黒い犬とだった。相手が放し飼いなんだからノンがやらかしていたというより黒い犬のほうがやらかしていたのだろうか。何がどうなっているのか当時の僕はよくわかっていなかったけど、なんとなく見ちゃいけないような気がして、カーテンを閉めた。その後黒い犬の住む家の前を通ると何匹か子犬がいた。「まさか」と思った。ノンは僕よりもずいぶん大人だったのかもしれない。僕の事を下に見ていてもそれは馬鹿なことではないのかもしれない。私よりもまだ大人だろう。私はまだ子供はいない。

中学2年の冬の頃から、散歩を嫌がったりと元気を無くし出したノンはそのまま亡くなった。雪が降ってたと思う。さすがに泣いた。死んでしまってから、ノンと一緒に写った写真が無かったことに気づいた。僕は少し悲しくなった。
実は、2月2日だときちんと覚えているのは、ちょうどノンが死んだ頃好きだった女の子の誕生日だったから。本当に馬鹿な飼い主だ。こんな僕だったのがノンには申し訳ない気もしている。

当時はもういいと思っていたけど、また犬と一緒に暮らしたいと思ったりしている。


ちなみに右の犬は違う犬。でもちょっと似ている。だから写真撮ったのかもしれない。
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by tomo1y | 2006-02-01 18:20 | 日々思うこと