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ちょwwwwライダーwwwww

私は子供の頃から仮面ライダー派です。
まぁ、ウルトラマンやってなかったっていうのが大きいんですけどね。
BLACKからRXあたりがストライク世代だし、スーパー1あたりも再放送で見てた記憶がある。

何で好きかっていうと、仮面ライダーは存在自体にドラマを内包してるから、
ウルトラマンは怪獣を無視して生きていくと言う選択肢もありえる(※)のだけど、
仮面ライダーは自己のアイデンティティのためにそれができない存在。
ショッカーなりに改造されてるからね(※)

まぁ、ここまでは振りです。

で、昨日エキストラで行った時におられたのが、主人公のお父さん役の方。
この役者さんはお父さんで、ついでにある会社の社長と言う設定だったのです。
で、その会社の社員って言うのをやったわけですよ。
……この役者さんが、ライダーなのよね、ライダー!
家に帰ってから気づいたんだけど、すごいテンションあがった。

仮面ライダーとかって子供番組なので、役者さんからすると思うところもあるかもしれないですが、
そのライダーの名前俺知ってるし。幼い頃のヒーローですよヒーロー。
朝NHK衛星でやってる「君の名は」見てても倉田てつをさんとかライダーにしか見えないしね。

いや、思い出作り思い出作り。


まぁ、ウルトラマンはヒーローだからそんなことしないだろうけどさ。
これからわかるようにウルトラマンは圧倒的な「ヒーロー」なのよ。
仮面ライダーは「ヒーローであろうとする」のがもう大好き。


スーパー1みたいに自発的に改造したライダーもいるんですけどね。
ただ、改造されたと言う時点で結局業を背負ってるわけだよね。
その業がなんとも言えず人間らしくて好きなのよ。

そのお父さん役の役者さんは、もう空き時間とかもずっと声を出して確認をしておられた。
役者としてはごく当たり前の事なのかもしれないけど、変な照れとか無くてプロだなーと思ったわけです。
他にも何人かいたエキストラに「方言はこれでいいのか」「こういうときどう言いますか?」
って何度も聞いておられました。

わかったつもりになって格好をつけるんじゃなくって、
わからないから何度も確認して、真剣に考えるっていうプライドの高さに痺れた。

ただイントネーションとかは自然なんだど、ちょっと違和感のある出雲弁と言うのがあった。
話を聞いてると、監督もその辺を語っておられたけど、結局出雲弁として自然なのも大切だけど、
他所の人が聞いて納得もしてもらえないといけないと言うのは「その発想は無かったなぁ」と思う。

確かに出雲弁って「~だわ」とか「~わ」って語尾が自然なんだけど、
他所の人から見れば女性的な言葉に取られる部分っていうのもあるわなぁ。
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by tomo1y | 2006-09-11 20:37

エキストラしてきました。

「うん、何?」公式ホームページ
副館長のひとり言~うん、何?ニュース速報!~

上の映画のエキストラをやりに、雲南市、木次まで出かけてきました。
映画の内容とかその辺詳しくは上のリンクで見てもらうとして、

プロの映画の現場って言うのを初めて生で見させてもらったんですが、ホントすげーわ、アレ。
非常に多くの人たちが、楽しそうに、でも真剣に作ってるのが見れて、ものすごい刺激を受けましたよ。
一つ一つの仕事に、緊張感を持ってやっておられるのだな……と。
もちろん私らの仕事でもそうあるのが当然の話なんだけど、
あれほどの真剣さがあるかといわれると、すぐには返事できないかも。
いい意味でピリピリしてるってのは、なかなかないんじゃないかなぁと思います。
でも、何だろう、大人の文化祭準備みたいな雰囲気もあって、楽しそうだーと。

で、エキストラ。
正直に言って急な話だったので「まぁ、画面の隅っこで座ってるくらいの話だろう」と思ってたけど、
実際なんか割とパタパタさせられてました。結局、3カット出てることになるはず。
なんか台詞もらっちゃった……。うふふ。
まぁ、使われるかどうかなんてまったく分からんけどねー。
けど、3カット撮るのに、大勢のスタッフの方が、さまざまに動いてたもんなぁ。
現場に大体6時間くらいいて……5・6カット撮影されてたのかな。
映画の現場ってのは本当にすごいもんでした。

あと、映画塾関係の友達なんかも、何人かスタッフとして働いてましたが、
みんな確かに疲れた顔もしてたんだけど、真剣で格好いいなぁ……と。
口が悪いんで「目が死んでる」とか言っちゃいましたが、いい感じだった。本当。

今週末にはクランクアップの予定らしい。
そっからがまだまだ長い作業の始まりなんだろうけど、
ほんのチョットかかわっただけだけど、いい作品になるといいなぁって思います。
……思うっていうか、きっとそうなるんじゃないかと、信じてる。

しかしあの、35ミリのカメラの迫力はすごいわ。眼福眼福。
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by tomo1y | 2006-09-10 20:46

テレビゲームの外延にて

こういうこと考えながらゲームをやるのが楽しいか……と問われれば。
ソレはそれで結構楽しいもんなのである。

「ひぐらしのなく頃に」っていうゲームをやってた。
テキストを画像と音楽・SEと一緒に見せる形式で、
アドベンチャーゲームからサウンドノベル・ビジュアルノベルの系譜に連なる作品なんだと思う。
ただ、これがビデオゲームなのかと聞かれると、非常に怪しい。

選択肢がないのである。
途中選択肢めいたものもあるにはあるが、それはほとんど意味のない選択肢。

アドベンチャーゲームは「正解」とされる選択肢を推論して選ぶことがそのゲーム性である。
選択肢を間違えるとどうなるか。キャラクターの死などの形でゲームオーバーを迎えるか、ゲームが進行しない。
あらかじめ用意された一つの結末に向かうことが、そのゲームの目的である。
たとえば、推理小説のようなシナリオであれば犯人を突き止めることが目的だったりする。

サウンドノベルはアドベンチャーゲームに良く似た形式のゲームではあるが
大きく違うことが一つある選択肢には基本的に間違いと言うものはない。
選択によって物語りは大きく変わり、結末も変わる。
選択によって主人公なりが不幸な結末を迎えることもあるが、別にそれが間違いではない。
それは選択肢の積み重ねによる結果であり、ひとつの「エンディング」である。

アドベンチャーゲームとかノベルゲームと呼ばれるものは、
確かにアクションゲームやシミュレーションゲームに比べると
プレイヤーの意思が介在する部分と言うのは少ないと言っていい。
けれどプレイヤーの意思が選択肢を通じてゲームに介入していることは間違いない。

翻って考えると、「ひぐらし」という作品がゲームと言うべきかどうかは非常に怪しい。
画面に表示される情報について、プレイヤーは一切介入できないのであるから。
せいぜいが文字送りの速度を、クリックによって調節できることくらいである。

ゲームデザイナーのグレッグ・コスティキャン氏の定義においてゲームとは
「充分な情報の下に行われた意思決定 (decision making)をもって、プレイヤーが与えられた資源を管理 (managing resources)しつつ自ら参加し、立ちはだかる障害物を乗り越えて目標 (goals)達成を目指す」ものであるとされている。
松田道弘はその著書『トランプの楽しみ』で、「遊戯としてのゲーム」の定義として「勝敗を争う事で楽しむ遊戯」という定義を採用している。
いずれの定義においても「ひぐらし」はパッケージされたゲームとはいえない。
しかし製作者はこれをゲームと言う。いかなる意味においてゲームなのだろうか?

「ひぐらし」がパッケージングされたゲームでないことは言を俟たないであろう。
しかし「ひぐらし」の販売形態はゲーム的であるといえるのではないかと思われる。
「ひぐらし」は昭和50年代後半の猟奇殺人を描いた作品なのであるが、
猟奇殺人の犯人を明かさないもの、つまり謎を提示するディスクと
その殺人の裏側を提示するもの、つまり謎を解決するディスクが別々に販売される。

「プレイヤー」が楽しむ余地はその別々に発表されるストーリーの狭間にある。
要するに推理小説を途中で読むのを中断して、犯人が誰で、いかなるトリックがあるのか思索すること
それを「ゲーム」であると製作者は言っているのだ。
それがゲームであるかは検討を要するところではあるが、
たとえば週間少年マガジン紙上で「金田一少年の事件簿」が連載されていたとき、
出題編と解答編に分けられており、読者の推理を登校させるイベントというのは一つのゲームだったろうと思う。

要するに「ひぐらし」と言う作品はそのようなゲーム性を持つ作品なのだ。
ただ、「ひぐらし」という作品をゲームとして楽しめる人間は限られるように思う。
推理を検討して、議論しあう時間と空間はごく一時期にしか存在しなかったように思われる。

また「ひぐらし」という作品がどのような作品であるか、
アニメ化されたり漫画化されたりしたことで知ってしまっている。
もちろんそれらのメディアでこの作品を見た際もゲームとして捉えることは可能ではある。
出題編だけを読むなり見るなりして、思索をしてから解答編を見ながら答えあわせをすればいい。
ただ、結局それは非常に禁欲的な楽しみ方。
これをゲームとして楽しむことは、気負いと真剣さが必要である。

まぁ、それはそれで、個人的には面白いゲーム――知的遊戯なのだろうと思うけど。

以下。プレイ後の感想。

ご都合主義の塊に、理由をもたせる仕組み。
ご都合主義は駄目だけど、確かに一つの爽快感はある。
ストーリーのカタルシスを生み出すために丹念に抑圧を重ねていくと言うのが上手。

落差
深い穴があっても、前に高い丘があれば見えないってこと。
そして、高い丘があればあるほど、穴はその深さを増したことになる。
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by tomo1y | 2006-09-09 19:25 | 日々思うこと

ダイエットとか今言っているのが時々バカらしくなる。

僕の住んでいる県では柔道部のある中学校は多くなかった。
うちの市では柔道部は一つしかなかったし、もう少し広い地域で見ても3つ4つと言ったところ。
県全体でも30校はなかったんじゃないかと思う。
そんな中ではあったが、僕らの頃は割合に強い中学校と言うことになっていた。
それはまぁ、結局学校の規模が大きかったのと、柔道部員が結構人数がいたからと言う話だ。
当時の顧問の先生……ミッチーのがんばりもあるかもしれないけれど。

で、部員が多かったから。という悲喜劇。

僕はまぁ、有体に言って弱かった。3年の春に初段を取って黒帯にはなったのだけれど、
よく指導にきてくれる柔道連盟のおっさんが審査をするような昇段試験だったわけで
実力的には本当に弱かったと言っていい。よく2年生に負けた。
それはまぁ、柔道に真剣でなかったので当然と言えば当然のことであった。
僕も嬉しくはなかったが、それほど悔しがって奮起したわけでもない。

で、3年の夏。最後の県総体。柔道は学校が少ないので地区大会とかはなかったので、直接県総体。
メンバーはごくシンプルに、部内で選抜戦をして決めることになった。非常に公平。シンプルイズベスト。
で、その結果。団体戦のメンバーに選ばれると思ってなかったけど、中量級の個人戦メンバーからもはじかれた。
柔道部に真剣ではなかったけど、それでも2年半続けていて僕も多感な中3なのだ。
それは非常に悔しいと、そう、思ってしまった。これが間違いの始まり。

で、選択肢。
 あきらめる
>重量級で出場

同じ境遇の親友は出ないことを決めた。いい判断。

中学校の柔道では、軽量でそれぞれの階級に応じた体重でないと出場はできない。
64キロ以下級といったところで、48キロの選手は出れないのである。となると体重を増やす必要がある
僕の体重がリミットいっぱいだったら問題なかったのだけれど、僕の体重はリミットよりはずいぶん軽い。
大体6キロくらいは軽かったのだ。1ヶ月で6キロ増やすことになった。

僕は体重はなかなか増えないものだと思っていた。
実際身長が伸びる以上に体重が増えたことはなかったし、結構たべても太らない体質だと思ってた。
その太らない体質だと言う思い込みが、柔道をやめてからの肥満一直線につながるが、それは別の話。
考えてみれば毎日3時間以上部活をして、週に3度は体育で運動してるのだ。太るわけがない。

とはいえ、ご飯の量を増やしたり練習後に牛乳を飲んだりで、多少は体重を増やした。
試合直前には1キロも増えていたのである。……テーマは体重を増やすと言うより
いかに計量を切り抜けるか、それが課題にすり替わった。

試合当日の朝。計量スペースでは自由に計量ができた。体重計に乗る。リミットまで5キロ以上足りない。
柔道着を着込めば幾分かは増えるが、それはまぁ誤差みたいなもの。
ため息をつきながらそばにいた友達に伝える。

選手控え室に戻ると、10本のアクエリアス(500ml)がすでに持ち込まれていた。
その頃はちょうど500ml缶を見るようになった時期。要するに、5キロ入れるのだ。
気合を入れて飲んだ。たぶん柔道部生活で1・2を争うがんばり。けど結局少し戻した。

計量に行くとやっぱり1キロ少し足りなかった。
再計量は1時間後と言うことだったが。どう考えてもアクエリアスの入る余地はなかった。
ミッチーに相談すると、「ダンベルもって来てただろう?」と言われた。
一瞬部員のほとんどがポカーンとした顔をしていたけど、みんないい加減気づいた。
教員がズルの推奨していいのかは、まぁ色々な見方があるだろうと思う。

結局腰のうらに1キロのダンベルを巻いて最軽量に挑んだ。柔道部生活最高の緊張だった。
普通に考えて1時間で1キロ増えるのはおかしい。
計量の先生は冗談めかした顔で「何か仕込んでないな」と聞き、
足の辺りをぽんぽんとたたいた。目は笑ってなかった。

と言うわけで無事に試合には出れた。
朝から5リットルも液体飲んで、吐いた人間が勝てるはずもない。白帯の下級生にぶん投げられた。

僕は泣いた。
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by tomo1y | 2006-09-08 18:53

好きな子とか語り合ったりしてたわけですよ。

中学生男子はわりと恋の話が好きである。女の子はまたもうすこし違うんだろうけど、
そういうことをお互いに話せるようになったのは大体そのくらいの時期である。
部活の連中とはよくそういう話をしていた。僕らが柔道部だったからって言うのもあったんだろうと思う。
一応柔道部ってのは男女一緒の部活……ということになってたのだけれど、
部活の女子に恋心を抱くかって言われると、ちょっとねぇ。

その点を言えば、吹奏楽部とか陸上部ってのには軽くあこがれたもんである。
男女一緒の部活で、それらの部活の女子にはかわいい女の子がいるように見えたのだ。
女子バレー部とか新体操部とかのがかわいい子がいた気もするけど、
残念ながら俺の体にはリビドー君がついていたわけで、それらの部活には入れないしね。
そもそも、ついてなかったら女の子に恋をしたのだろうかという疑問は置いといて。
まぁ、もちろんかわいい子だらけの部活なんて夢のような部活はないわけだど、
大体かわいい子でも、仲良くできなかったらキツイわけだけど、それは無視してたし。
中学生なんてのはそういう都合のいいことを夢見がちだしさ。

話を元に戻そう。僕らは大体、当時町中に1軒しかなかったコンビニか駄菓子屋で買い物をして
大体決まった公園――醤油家のタンクの見える公園でだべっていた。
学校を出る時間が一緒な連中っていうのは部活の連中なわけで、たいていそうだった。
世界情勢について語り合うわけでもなければ、学校の勉強について語り合うわけでもない。
誰が誰を好きだとか、誰が誰と付き合ってるとか、まぁ要するにそういうこと。
柔道部員が15人くらいで、そういうところに集まるのが10人くらいだったと思う。

学年全体で200人を少し出るくらいの生徒数の学校だったので、
さすがに10人寄れば超文殊の知恵。妙にそういう話に詳しい集団だったろうと思う。男臭いのにね。
最初はまぁ、そういう情報交換の場であったのだ。誰が誰に振られた……とかね。
けれどそれが自分たちの内側に向いていくってのは、話としては当然の話。
結局全員お互いに言うという紳士協定が締結されるに至って、お互いにお互いの好きな子を教えあった。
今思うとすごい甘酸っぺー話なのだけれど、当時は真剣だった。真剣だったからこそ甘酸っぱいのかな。

結局それぞれが吐いた女の子の名前はかぶらなかった。
幸運な偶然なのかというとそうでもないと思う。
紳士協定は紳士協定でしかなかったのだろう。
あの子も好きだけど、あの子も好きだった……みたいな話もあったわけだしね。
大体かぶったらどうするのって話もあったわけで。底は見せていなかったかもしれないな。
僕にしたところで、なんか好きかもって感じの子の名前を挙げたしね。
当時は「好き」って感情が良くわかってなかった。これはまぁ、今でもか。
けど、口に出して認めてみると何かだんだん好きになってくるもんだよね。
みんなそんなもんじゃなかったのかなぁと想像してたし、今は確信してる。

結局その想像は間違いないということを明らかにする出来事があったのだ。

出来事のあらましはこうだ。
ある、かわいらしい女の子が勇気を振り絞って、ある柔道部員に告白して、そいつがオッケーした。
これだけ書けば、いい思い出ってことになるんだろうけど、
僕らはお互いに誰が好きなのか……知っていたのだ。
あとはご想像のとおり。そのかわいらしい女の子を好きな別の柔道部員がいたって言うありふれた話。

緊急ミーティング。
「言った方がいい?」
「いやー」
「それはなぁ」
「だよなぁ」
……


結局その話は女の子に恋してたそいつには伝えらんなかった。
まぁ、人のうわさは止められるもんじゃないからね。結局は耳に入ったわけだけど。
結局告白されたやつも、その子のこと割と好きだったのだよね。

女のこのことが知りたくて仕方のない中学生男子が、好きかもって思う女の子から告白されたら
最終的にどうなるかはわかった話であったのだ。紳士協定なんて、結局ないも同然
それを責められるやつは、一人とていなかったわけだしね。

その後、なんか「俺が告白するから、お前らも告白しろ」みたいなわけのわからん話になっていった。
友情が深まったのか壊れたのか、今でもよくわからん。

結果?僕は泣いた。
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by tomo1y | 2006-09-08 18:52

ゲーム……

ゲームやっててこの時間まで起きてるとか
社会人の所業じゃないよね!

トイレ行って寝よ寝よ。

しかしまぁ、ご都合主義だけど説得力があるから困る。
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by tomo1y | 2006-09-07 04:13

キタコレ!

ちょっとした知り合いのヒトから、
バンドのPV作りたいんで、編集とかしてくれんーって振られた。

やるやる!やりますって!
まだ曲も出来てないっつってるので、しばらく先かも知れんけど、
チョットいろいろ考えとこうじゃないかと思う。
だれかココを見てる人に相談するかも……。

そうと決まれば映画塾は狩場だ。
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by tomo1y | 2006-09-06 23:15

萌え属性占いだってさ。

tomo1yさんは、 「メガネ委員長」属性 です。

「メガネ委員長」長属性のあなた。代表的なあなたの萌えキャラは、
霧島勇美や榊千鶴、尾田島淳子などですね。
あなたは、人を見る目が確かです。
どんな人に付いていけば得かを嗅ぎ分ける能力を持っています。
一見いい人だと思われますが、心の底では人を押しのけてでものし上がって行こうという
野心を持っています。参謀タイプで、自分が表に出るよりは、裏で糸を引くことが多いです。

恋愛について:
強引なアプローチに弱いです。恥ずかしがり屋なので自分からアプローチすることは苦手ですが、
一度好きになるととことんまでのめり込んでしまいます。普段は相手に対して傲慢な態度をとっていますが、
振られてしまうことへの危機感を常に持っています。

tomo1yさんに送る言葉:
ちょっとちょと、帰らないでよね。今日は掃除当番なんだから。

===============================
あー、うん。敢えてコメントはしないよww
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by tomo1y | 2006-09-05 15:44

夕凪の街 桜の国

知らないマンガだな……とココに書いたらkws君が貸してくれたので読ませてもらった。
「ヒロシマ」の話。「広島」ではなくて、カタカナの「ヒロシマ」
なんというかぼんやりとした手触り、肌触りのするマンガで、
読んだら少し澱のようなものが引っかかる。

絵柄も、雰囲気もとても平和なのに重たい。

はだしのゲンって、学校の図書室においてあるマンガの3大巨頭(※)
おんなじヒロシマのはなしだけど、アレはもうすこし直接的な重たさ。
重荷を背負わされるような感じ。

このマンガはどっちかというとキャスター付の大荷物のグリップを渡されるようだ。
気にしなければ、気にしないでいいのかもしれないけど、やっぱり重たいのだ。

広島を「ヒロシマ」とか長崎を「ナガサキ」と書くような人たちの平和観とか戦争観って
ありていにいってあんまり好きではないのだけれど、
このマンガが描いている嫌なものっていうのはなんとなく分かる。
多分戦争とか悲劇の悲しさはさほどにドラマチックなものじゃない。
淡々と、単純に嫌なものなんだと思う。そういう嫌なものがもっとも怖いのだと。

何かを取り上げて描くことってのは、それ自体を特別視することなんだろうなぁ。
蛍の墓も、多分ありふれた話なのかもしれないけど、アノ映画を見ると、そうは思えないようになってしまう。
「戦争は特殊な環境で、ほら、こんなにも恐ろしいものなのだよ?」と

多分ああいう悲劇が無数に生まれているのが「当たり前」なことのほうがずっと恐ろしいのだ。


あとは横山先生の三国志(若しくは史記・項羽と劉邦)
手塚先生の火の鳥(若しくはBJ・ひだまりの樹)あたり。なんとなくだけど。
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by tomo1y | 2006-09-05 09:48 | 書誌

ポエットというよりポエマーな。

写真を撮るのがすきなのは結局。
誰かに自分の目線というのを確認して欲しいからなんだとおもう。

自分がたまらなく美しいとか、素敵だとかいう風に思う何者かが、
他の誰かにとってもそうであるのか
そうであるとすればソレをぜひ見て欲しいと思うからなんだろう。

今日は平田を出る前から、対岸の松江のビルが見える位、出雲では珍しいようないい天気で。
空が茜色に染まるころには、圧倒的だと思うくらいきれいな空が広がっていた。

車のガラスから見るこういう光景がすごく好きでよく止まって写真を撮ればいいのにと思うのだけれど、
もう少し、もう少しと思っているうちにその一瞬が手を離れて、結局立ち止まらなかったことを後悔する。

今日はいつもの悔しい思いをぶつけるために車を止めて写真を撮ってみた。
後悔するくらいなら、止めて。撮ってから後悔すればいいんだよね。

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けどやっぱり、自分が見て美しいと感じた空とはチョット違うんだよな。
私の腕前ということなんだろうけど、この空を見せたい人と一緒にいられたらね。
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by tomo1y | 2006-09-03 20:07