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マナーとかさぁ。

【「天皇が来る意味って?」 毎日記者発言ネットで騒動 】Excite エキサイト : 社会ニュース

http://www.youtube.com/watch?v=QZ2rUiROI7o
http://www.youtube.com/watch?v=S-pWlcT_Gu4

上はニュースに関連したYoutubeの画像。

まったく素敵なニュースだぜ。いくつか思ったこと。

・「普通の県民の感覚として」と記者さんは言うが。
こんだけ知事相手にぞんざいな口聞ける人ってのは普通じゃネーよ。

・「天皇皇后」という言い方について。
まぁ、コレは個人の思想だからとやかくは言いたくないが、
パブリックな場でその言い方をすれば疑問視される可能性があることは心得るべきか。

・予算を~予算を~という発言
いや、もう計算しなさい。それを出すのにも予算と税金がかかるぜ?
予算書だったら簡単にアリモノで手に入るでしょうに。

・「動員とご案内の違い」がわからんという記者さんの発言
いや、ぜんぜん違うだろう。チケット配ってホールに人入れるのと
ホールでイベントがあると広報するのはまったく違うことだ。分かると思うが。

○所感
なんというか、同じ内容を質問するにしても質問の仕方というのがあるだろうに。
情報を引き出すテクニックは、きっと色々あると思うけど、この聞きかたされてうれしい人は
どれだけいるのかな……と思う。

記者さんが情報提供を求めるのは仕事だし、仕事上のマナーってのはあるはず。
慇懃に振舞えとは言わないけどさ。
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by tomo1y | 2006-10-31 22:11 | 日々思うこと

編集見学記

映画塾のスチール担当だという立場を最大限利用して、
編集風景の撮影という名目(※)で編集風景を見学してきました。
撮影枚数とか色々考えると、見学と撮影とどっちがメインかは非常に疑問ですが。

今年も編集をされるのはフリーディレクターの関口さん。で、場所は県民会館。
結局今年から編集システムを導入したらしい。しまね映画祭すごいな。
編集機材持ってる映画祭ってどうなのよ!まぁいいや。

しかし皆さんやっぱり真剣でいい。当たり前といえば当たり前のことなんだけど、
真剣な人の顔を見てると自分もなにかやらなくちゃという気持ちにさせられる。
そして、関口さんの話からはやっぱり色々と気づかされる。
正直去年自分が編集作業をお願いしているときは、一杯一杯で半分も理解できてなかった!
今回お邪魔してよかったなぁ……と本当に思う。

以下気づいたことのメモ代わり。

映画祭の関係者の方とのみに行く機会があった。いい年なのに元気だ。
というか、あの年で夢を語れるって偉い大人だよな実際。

脚本の段階で明確なビジョンがないと駄目だ。というコメント。まったくそのとおりです。
編集しながらは「こういう絵が必要だった」と思えるんだけど、後の祭り。

出ずっぱりの人はほんとに出ずっぱり。偉いね。

※いや、事実といえば事実
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by tomo1y | 2006-10-30 22:10 | 映画とか

東京オリンピック

1965年というから、東京オリンピックの1年後に公開された記録映画
「東京オリンピック」を松江のテルサで見てきた。監督は市川昆。
尺が170分なので、3時間を少し切れる時間で、相当に長い。
途中に「休憩」という部分がフィルムに焼きつけれられていることからもわかる。

時の政府(というかJOCかな?)が一度は黒澤明に依頼し、ついで市川昆に依頼したというから
よほど本気で作ろうとしていたのがわかる。当時まだ貴重であったはずのカラーフィルムを
湯水のように使って良し!といわれていたらしいから、それも頷ける話。
(おそらく)ヘリからの空撮。マルチカメラなど、本当に贅沢なつくりの映画である。
そういう時代であった……ということなのだろうけど、それにしたってものすごいモノである。

結局作品自体は、発注者からは「記録映画ではない!」と怒られたようであるが、
海外での評価も高いし、そして日本映画史上に残る興行成績だったようだ。
当時はまだテレビがどこにでもあったわけではないし、白黒テレビが多いような時代。
カラーで、そして大画面で映像を見れるとなればこぞって人が見に行ったのは想像に難くない。
事実、学校や公民館など、ありとあらゆるところでかけられた作品で、
日本国内で最も多くの人の目に触れた映画でもあるようだ。

正直、そういう予備知識はあんまり無しで言った。
個人的に古い時代の映像というのが割りと好きなので、チョット見てみるかぐらいの話だったが、
もう映像に圧倒されて感動した。変といわれてしまいそうだけれどもなんか泣いてしまった。
ただ聖火ランナーが、今ではもう見ることのできないような町並みを走っているだけで
ただそれだけで泣いてしまった。
おそらく日本中の人がオリンピックに期待していたんじゃなかろうかと、そう思った。
そんな時代のことは何一つリアルに知っているわけではない。なのに涙が止まらなかった。
もしもフィルムでかけられる場所にいけるチャンスがあったら、行くべきです。絶対に。

以下、断片的に気になった話。

聖火が広島を走っていた。広島なのでカメラは原爆ドームから平和公園に目線を移す。
平和公園にはものすごい数の人がいて、その中心を聖火ランナーが走っていた。
火は人を傷つけもするけど、人を暖めもするものなのだと思う。

それから平和公園を走る聖火ランナーの道は、はっきり言って警備されていなかった。
ところどころに警官はいたけれど、実際ランナーを触っている人もいたし。
ロープなんて一つも張られていなかった。そういう時代で、そういうモラルがあったんだと思った。

オリンピックの為に建設されたいくつかの建物が写り込んでいた。素敵。丹下さんだっけか?

開会式の様子。会場は人の山。会場の外にも人の山。熱気があふれているように見えた。
……オリンピック東京に誘致するのは良いけど、こんな熱気が今あるのかしら?
聖火台の点火シーンのすぐ後に、スタジアムの外から聖火台を子供が眺める絵。
市川昆すげーよ。時代と子供のオリンピックに対する思いが伝わってくるもん。

体操とかバレーとか、なんか今の選手に比べると稚拙にも見えるけど、
でもやっぱり表情がいいし切り取り方がいい。NHK負けてる場合じゃないよね。

もう、とにかく見てください。ホントにさいこー。
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by tomo1y | 2006-10-29 22:02

学歴なんて意味ねーよ!

学歴なんて意味ねーよ!

私。自慢じゃないですが大学を中退しております。(本当に自慢じゃないな、コレは)
んで、最近取りざたされている高等学校の単位履修の問題……。
朝新聞みたら私の通ってた高校もあたっとるがな。
確かに考えてみたら、日本史の教科書買わされたんだよなぁ。世界史しかやってないのにさ。
そこで色々気づけよ。という話なので、うちの学校とか先生の事を云々言うつもりは、まぁ無い。
日本史と世界史と両方やってれば、案外高校のうちから文系に変わってたかもしれないので
そういう意味でもったいなかったとは思うけどさ。

実際大半の受験生にとっては必要無い科目をやるというのは苦痛だろうと思う。
ただそれを言い出すと大検受けて自分の必要な科目やればいいんだろうという話にもなってくる。
結局今後問われてくるのは、大学に全員入学できるという時代が来たこともあわせて、
高等学校をどういう位置づけに置くかということなんだろうと思う。
義務教育よりは一歩進んだ教養を身につけるってのが普通課あたりの目的なんだろうけど。
単純な受験のための場所になってしまっているというのも否めない部分ではあるだろうしなぁ。

生徒を責めるのも酷だとは思うけど、
「受験で忙しいのに地歴をもう一教科はむり」といっているのは、高等学校の教育課程からいうと
どうなんだろうねぇ。授業やってなかったのはオカシイ!って怒るのはわかるんだけどさ。
さて、しかし俺の高等学校卒業の資格はどうなるんだろ?取り消し?それもまぁ面白いか。
仕事についてるからいえる言葉なんだけどさ。
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by tomo1y | 2006-10-28 00:48 | 日々思うこと

考えるべき・そして伝えるべきこと。

Excite エキサイト : 社会ニュース「
<入園拒否訴訟>鈴花ちゃん勝訴「保育は十分可能」東京地裁」毎日新聞


ニュースでも見ましたが、この子の顔を見ると、保育園に通えるようになったことは良かったです。
保育というのも、市町村が提供すべきサービスでしょうしね。
どういう障害が「通常の保育」で受け入れるべき範囲かは難しい問題で、考えるべきことですが、
障害を持った子供さんの保育施設というものの数を考えれば、上手く線を引いて、
その上で受け入れられる子については受け入れていくというのは当然だと思います。

ただ、どうも原告の主張が全面的に正しいというような報道がなされているように感じる。
一点気になる点があるのだ。
鈴花さんについて「通常の体制で十分対応が可能だ」というのが原告側の主張なのですが
コレは正直疑問なのです。彼女が吸引が必要な状況になったときに必ず保健師がいるのかどうか。
一人体制では十分に担保されているとはいえないと思うのです。
もちろん、彼女自身吸引ができるということなのですが、リスク管理の面から言えば
彼女の通う保育園には常時保健師なりがいる体制が望ましいわけで、
そう考えると、少し考えさせられます。
彼女が通っている間は休むな。というのは労働基準法上も言えませんし。
そうすると2人程度の体制はくむべきということになり、通常の体制といえるのかどうか。

もちろん、その辺のリスクをとっての発言であるのかもしれないのですが。
実際子供が怪我をしたときに保健師なりがいない可能性というのは
鈴花さんに限らずあるリスクですから。

その辺のことはきちんと報道とかの場で、コメンテーターとかいう人は伝えるべきかと。
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by tomo1y | 2006-10-25 23:33 | 日々思うこと

せっぱ

Flackさんへのせっぱ。

人間が「キャラクター」を想像する以上3次元、もしくは2次元としての造形が一旦脳内で行われることは当然の事であろうと思います。
ただ、一方で私達が他者の顔や体型をそう正確に記憶していないのと同様に2次元や3次元のものであっても、かなりの部分は茫洋としているように思います。で、それをどのように私達が記憶しているかというと「メガネ」であるかとか「太ってる」とかいう、いわゆる属性というようなもので複合的に判断している部分というのもあるはずです。
で、それをしながら日々生活しているわけですが、それらは意図せずに並列的に処理されているように思えるので、私としては人間の脳みそはそのくらいのことは軽々と越えているのではないかと思います。実際それらは確かにそれほど明確なものではないのですが、その人に対して深い関係性があるときは別なわけで、それをあわせて考えると、脳内で熟成されたキャラクターがもう、勝手に動き出すということは十分にありえることなのではないかと私は思ったりしています。

人間の想像力はもう少し恐ろしいものではなかろうか……と。
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by tomo1y | 2006-10-24 20:51 | 日々思うこと

だから機体の差が戦力の……

表現というものには色々あるわけだけど、
ある意味で読み書きができれば作ることのできる「小説」とか「詩」といった分野に比べて、
機械を介して作らざるを得ない映画や写真といった表現においては技術の優劣をもって
表現それ自体を判断する人が多いのだなぁ……と思う。もちろん自分自身も含めての事だが。

もちろん手書きの小説を渡されたときに、字が汚かったりすると読む気はしないもんだと思う。
そういう「入り」の部分としては結構なウェイトを占めることだろうとは思う。
けど、結局小説を読んでいて私にとってつまらなきゃ、字がきれいでも私は読むのをやめるし(※)
万年筆が100万するとか、インクがものすごく貴重なものだとか、
そういうのはあんまり小説の本質には関係ないことだろう。

映像の場合はそういうことで評価されるという部分が確かにある。
音質が悪いとか、画質が悪いとか。確かにそういうのも大事なことではあるし、
映像を取り巻く技術的な部分は日々進歩をしていて、昔のものを見れないというのもある(※)
画質が劇的に向上したことに対して驚いたり、その技術的な努力に感動することというのもある。
けれども、やっぱりその技術は、表現においては本質的な部分ではないと思う。
映像がぼろくて音声がぼろくても、すばらしい映像というのは多分存在しうるのだ。
この間の出前映画塾で会った人や、錦織監督なんかと話をしていて思った。

多分それに対して自分なりの方法論を見つけていける人が強いんだろう。
「映像をきれいにしたかったらプロ使えばいいんだよ」という錦織監督の話は考えると深い。
もちろん、要求にこたえられる絵作りとか撮影のできるスタッフはとてもとても貴重だけど、
或る意味でそれは技術の進化によって必要なくなったり、他の人に替われたりするものだよな。
すごく映像の技術的なことに詳しい人を見ていてそういう風に思った。


本読みの悲しい性として、読みかけてやめるのが悔しいから読み終える……というのはあるけど。

デジタルは実際にこういうことがある。逆にフィルムは画質的にはそうでもない。
フィルムで映画を撮影するというのは、出てきたときからかなり完成され、枯れた技術である。
音声は昔の映画は「無い」から問題にならない。トーキーになった頃の一部の映画では
機材の関係で現在に比べると聞き苦しい音声というものも存在しないではない。
とはいえフィルムの映画とか写真は初期からかなり完成された技術でもある。
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by tomo1y | 2006-10-24 20:47

出前映画塾in大社

大社町のうらら館で「出前映画塾in大社」が開催されたので手伝い方々行って来た。
いつもの映画塾では何だかんだといってかなり長い時間をかけて準備をして撮影をするんだけれど、今回の場合は二日で脚本も書いてスタッフィングしてキャスティングして3時間で撮影するという豪快な企画。無茶。
参加者は結局何だかんだと合わせて40人弱ぐらい。上は恐らく60前というオジサマから下は小学生くらいの子どもさんまで、相変わらず映画塾がらみのイベントは幅が広い。

とりあえず一日目は午後に3時間程度の予定。錦織監督から脚本についてのレクチャー。

大雑把に言うと脚本に必要なのは下の三点
・柱
・ト書き
・台詞
その上で、脚本としてストーリー上必然性の無いことは「決めない」でおくべきということ。
必要ならば入れればいいけど、そうでないならばそれは演出の範疇だったり演技者の範疇。
あと難解な語彙も使うべきでないということ。小学生がかかわるなら小学生にも伝わらなければならないということで、脚本を読んで映画製作にかかわる人すべてがわかるように書くべきということか。
他にも色々話はあったけど、一応内緒。いろんなところで力関係があるというのはこれはもう人間がかかわって映画を作ってるのだから当たり前の話。

「1時間くらいで脚本を書いてみろー」ということになって、なんか手伝いに出てる人間が書くのもアレだったんだけど、提出があんまり無いのも寂しいなぁとサクラ的な発想をして一本ひねり出してみた。と、他にも書いている人が居た。50がらみくらいのオジさん。やっぱりそういう風になんか思いつく人はたくさんいるんだよなぁ。
で、脚本を演者志望の人と監督とで読んでくれる。正直恥ずかしい……んだが、そういうことを口に出すのも顔に出すのも格好悪いよね。うん。というわけで「ふふん!」みたいな顔をしていたけど心臓は割りとバクバク。でもこうして読み合わせてもらえるというのは非常にありがたい。また映画を作るときはぜひ演者さんに読みあわせをしてもらおう。尺の想像もしやすいし、それで色々思いつくというのもある。

といったところで1日目は終わり。ちなみに錦織塾長には、「今まで出してきた脚本より、1時間で書いたこの脚本のほうがいいじゃない。いい本だよ」といわれる。……うーん。嬉しいような、悲しいような。

で、手伝いに出てたので夜にあった飲み会に誘われてホイホイついていく。こういうことを真剣にやっておられる人たちと話をするのは本当に楽しい。ちなみに電車がなくなったのでどうしようかと考えていて「監督に乗せてもらうか?」とか考える。幸い県民会館の方が松江に帰られるので乗せてもらう。
ちなみに駅まで乗せてもらったので平田の駅までさらに3杯ほど引っ掛ける。一人酒て。おまえ友達少ないな。うふふ。

二日目。車が無いので電車で大社に向かう。
二日目のみの参加の人も結構におられるので、基本的に午前中は一日目とほぼ同じ内容の話。参考にいくつか映画塾の作品を昨日に引き続きかけていたけど、改めて見て気づくことも多い。一つの作品を何度も何度も見るというのも大切なことかもしれない。「映画らしさ」ってモノを感じるためには必要なことだという気がする。よくよく考えてみれば私も不自然な台詞をたくさん書いていることだ。

で、午後から撮影使用と思ったら、結局キャスティングされてない。確かに「人が居なかったら最悪僕の脚本つぶしてもいいですよ」って言ってたけどさ。うむ。で軽くテンションあがってきたので友達を捕まえて、撮影後に無理やり撮るぞということに。……結局時間はぜんぜんネェ。大体色々勘違いしてるし。後はあんまり語りたくない。まぁ、とりあえず編集してみようか。編集。
というわけで後ほど普段の映画塾の塾生の某氏と一緒に王の間(単に監督が使ってた応接室)に呼び出されてコメントを。なんか「うん、何」の美術のチーフの方とか映画塾の部会長とかいるし。色々コメントをいただいた。駄目人間万歳。

で、また飲み会にお誘いいただいたのでホイホイついていく。まぁ、色々と失敗を肴にもされたが、みんな映画とか色々詳しい人なんで面白いね。うん。来年は結局事務局として参加かなー。で、結局県民会館の方に車に乗せてもらう。毎度毎度すいません。助かりました。

ちなみに今日電車に乗ったら、結局接続が無いのを勘違いしてたので、途中の駅で20分待った挙句に、遅刻しそうなので駅から職場までダッシュ。肩で息する感じ。

やっぱ安いのでいいからビデオカメラ買うこと考えるかなぁ……。
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by tomo1y | 2006-10-23 23:20 | 映画とか

ニュースから、つらつら。

【募金とか】
子供の手術のためのお金を募金されていたのだけれど、ソレが集まったというニュース。
一部ネットで「身銭を切ってない」などの「中傷」があったようだけれど、
集まって手術をなされるんだそうだ。ソレは喜ばしいことだ。うん。

ただ「中傷」と呼ばれるもののなかの一部には考えさせられるものがある。
募金とかそういったものの会計の不明朗さとか難しさというのはやっぱりあるのだ。
もちろん、振込みとかで募金をすればソレはすべて会計上の証拠が残るが
街頭の募金とかなかなか証拠とか明朗さという面では難しい部分が残る。
その辺をやっぱりクリアにしなければならない、
少なくとも疑われることがあってはならないように最大限の気を使うことは大事だよな。
正直自戒を込めてそう思う。

実際街頭募金の形式の詐欺というのも存在しているわけだし。むっかしいよな。
やっぱりほんとにいいことであればあるほど、李下に冠を正さずだよね。
でも、子供さんの病気は治ると良いな。コレも他人事ではあるけど、そうも思います。

※以下は今回の募金の話とは関係ないけど思ったこと。

まぁコレは理想の高い「市民団体」とやらにも言えること。
立派な考えで立派な名前の団体ほど実態が不透明だったり……。
大体なんでインターネットのホームページがいまどき無いんだよ!
大体人数を明らかにしろよ!10人の団体で住民代表の顔を……。ゴニョゴニョ。

【携帯とか】
普段使ってる携帯、ボーダフォンで今はソフトバンク。MNPのからみで色々考えてたが。
孫社長の記者会見にはちょっとビビッた。大丈夫か。
願わくはボーダフォンの10の約束の二の舞にはならぬこと。
今しばらくソフトバンクに付き合ってみる。人に迷惑掛けそうだが今後ともソフトバンクで。

【5年間に8日】
いやもう、正直そんな手があったとはうらやましいのぅ(※)
条例とか法律の範囲ではこの馬鹿者の行為は拾えなかったんだろうなぁ。
実際本当に病気になったりしたときのためには大切な制度ではあるのだけれどね。
「病気になったらクビだ」とか給料0だ!というのはまた違うと思うしね。
でもソレはそういう趣旨の法例じゃないんだからさ。まったく。
法律について大切なのは法そのものだけでなくて、法の趣旨とか精神のはずなのに。
もちろん、法は守らないといけないし、法の範囲内で行われることを簡単には糾弾できないけど、
その精神をあまりにも逸脱してれば……やっぱり跳ね返ってくるわなぁ。

「部落開放同盟の幹部として」とかいう話もニュースではされているが、
んー上にも書いてるが、正しいことをしている団体こそ行動には気を使わないと……。
過去の経緯を含めて同和地区の人々はエンパワーメントされてるのだからこそ
守るべき、そして気をつけるべきことってあるだろうに。
本当に同和地区をよくするためにがんばってる人が困るじゃないか。まったく。

※皮肉ですよ?念のため。そうまでして給料もらおうとは思わん。

【コレはニュースでなく仕事】
よその課の手伝いで住民説明会というものに出かける。考えてみると運営手伝いとしては初めてか?
普段の仕事とはちょっと離れた話なので色々とやっぱり勉強になった。役所の仕事も奥が深い。
勉強すべきことは多いね。多い。
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by tomo1y | 2006-10-23 23:19 | 日々思うこと

1じこん。

なぜかFF5の話を書いているはずが変態の話になってしまう。わっしょーい。
ものづくりとか自己表現をする人はほぼ100%変態(※)だと思うので、まぁいいか。

で、「ある種の変態」の話。当然私も含まれるんだけども、
早川文庫とかの挿絵が無いような小説のキャラクターに萌え倒せる様な、踏み外した人の事です。
ゲームとか漫画の女の子……つまり二次元のキャラクターに萌える「二次コンプレックス」の人よりある意味重症だよね。二次コンというよりもうすでに1次元コンプレックス。文章は紙に書いてあるから2次元とか言うようでは浅いよ?文章は2次元の紙に表記されていることは多いけれど、本質的にはリニアなものですよ。「牛耕法(※)」ってのがその証左。

牛耕法というのは文章の書き方の一つ。普通に日本人が横書きをするときは左から右に書いて、
適当なところで(主に紙とかの幅に合わせて)左に戻ってまた右に行く。昔は右から左にいって……同じ要領。世界的に見ても現在はほとんどその方法で文章が書かれているけれど、過去には牛耕法と呼ばれる書き方もあった。これは、左から右に書いていって、いっぱいになったらそこで折り返して一段下がって右から左に行ってまた折り返して、……という書き方。牛に田畑を耕させるときの動きということで「牛耕法」 今らしく言えばトラクターとかコンバインの動きということになる。どっちも田畑を耕すのは同じ話だけど。
要するに文章は2次元に表記されたものであっても、所詮1直線のものであるということが言いたい。もっと言えば、ことばっていうのは、口から出せばその順序の通りに耳に入って理解されるものなわけで、これもつまり一直線という話で、リニアなわけ。

で、直線ってのは一次元。だからまぁ、文章とか口伝の女の子に萌えたおすのは、要するに1次元コンプレックスなんじゃないかと思うのだ。そういう意味ではもうわたしゃ筋金入りの1次コン。だって時々挿絵とかに腹立つもんね。「こんなの○○じゃねぇよ!」とかいって。考えれば考えるほど痛々しい感じなんだけど、小説の登場人物に恋しそうになる人も多少なりといるんだから、いいんだーい。

まぁ、想像の世界って無敵だから怖いといえば非常に怖いのだけれども。
自分自身が自分好みの絵が描ければまた違うんだろうけれど、そういう能力ってのは残念ながら備わってないので、想像の世界で子供の頃から詰まらんことを考えていたわけですよ。流石になかなか自家発電は出来ないけれど、いまだにシナリオとか書いてると、あからさまに私の理想が投影されているものなぁ。難儀だ難儀だ。

※といって変態が必ずしもクリエイティビティを持っているかというと疑問だ。愉快な変態でありたい。
※リニア=Liner=線形の……
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by tomo1y | 2006-10-19 20:00 | 奥深い世界